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ラスカサスの『インディアスの破壊についての簡潔な報告』

 『インディアスの破壊についての簡潔な報告』はスペインの大航海時代を象徴する古典的著作である。コロンブス以降のスペインによるアメリカ征服を批判し、アメリカの先住民を擁護するラスカサスの代表作として知られる。この記事では、本書の背景と内容そして重要性と影響をみていく。
 ちなみに、本書のタイトル(Brievísima relación de la destruición de las Indias)は『インディアス破壊小史』と訳されることもある。

本書の背景: 大航海時代

 1492年、コロンブスが新世界のアメリカを「発見」した。コロンブスはこの航海事業をスペイン王のもとで行った。そのため、スペインがアメリカの征服や植民を開始した。スペインの大航海時代の本格的な始まりである。
 スペイン人は金銀財宝や立身出世、新天地での新たな商売などを目指して、アメリカへと自費で旅立った。征服や植民地の建設を進めた。
 ついに、1519年には、スペイン人の征服者エルナン・コルテスがメキシコのアステカ帝国の征服を開始し、1521年に完了した。

 コルテスは大量の金銀財宝を獲得し、大いに出世もした。1531年にはピサロがペルーのインカ帝国の征服を開始し、1533年にとりあえず完了した。
 征服と植民地建設が進む中で、スペイン人の植民者の中には、これらに問題を感じる者がでてきた。スペイン人による征服があまりに残酷なのではないか。征服活動の後に、多くの先住民は捕らえられ、エンコミエンダのもとで強制労働をよぎなくされた。

 これが事実上の奴隷制となった。そこでの先住民への扱いがあまりに非人道的なのではないか。そう感じる人々は植民地で声をあげはじめた。ラスカサスもその一人だった。さらに、その指導者となっていった。
 ラスカサスは先住民インディオの利益を擁護する立場の代表者として知られるようになる。1540年、スペイン王カルロス1世にたいして、インディオの境遇を改善するよう訴えるべく、スペインに戻った。
 1542年、ラスカサスは本書の原型を執筆し、カルロス1世に提出した。そして、直談判を行った。

 本書の性格

 以上の背景からして理解されるように、『インディアスの破壊についての簡潔な報告』は中立的な立場から歴史家が書いた歴史書ではない。アメリカ植民地の政策を変更するようスペイン王に説得するための献策書である。
 ラスカサスが求めた政策として、主だったものは征服の中止とエンコミエンダの廃止である。これらを通して、先住民の境遇を改善しようとした。本書はスペイン王にこれらの政策を選び取ってもらうよう書かれた。
 本書でのラスカサスの説得方法を理解するために、一点だけ触れておこう。この点は時代背景をさらに理解するのにも役立つ。

 ラスカサスは本書で、先住民が優れたキリスト教徒になることができると論じている(だが、スペイン人が彼らを改宗もさせずに殺してきた、と)。なぜこれがスペイン王へのアピールになるのか。

カールの置かれた国際的状況:カトリックの守護者


 当時のスペイン王カルロス1世はカトリックの守護者を自認していた。神聖ローマ皇帝カール5世と同一人物である。スペインがアメリカを整復していた16世紀前半、カール5世は神聖ローマ皇帝としてドイツでルターの宗教改革と対峙していた。

 カールはルターを異端と断じて、カトリックというキリスト教の真の信仰を守ると断言し、行動していた。
 同時に、オスマン帝国のスレイマン1世がヨーロッパへの進撃を大々的に行い、第一次ウィーン包囲で神聖ローマ帝国ンドを苦しめ。
 これにたいしても、カールはキリスト教を守るためにイスラム教の宿敵と戦うという姿勢を示した。異端やイスラムにたいするカトリックの守護者を自認することで、自身の威厳を高め、広大な支配地を維持しようとしていた。
 ラスカサスはこの真の信仰の守護者というカールの公の立場を利用している。そのため、上述のような説得方法が有効となる。
 

 本書の内容

本書を執筆した理由

 ラスカサスは本書の冒頭で、これを執筆した理由をこう述べている。スペイン人がインディアスに到来してから今日まで、実に様々なことが起こってきた。それらを実際に見たことがない人にとっては、信じられないようなことも多数起こってきた。
 その中には、先住民という罪のない人々にたいする虐殺や略奪がある。あるいは、彼らの多くの村や地域そして国が滅ぼされてきた。
 ラスカサスはそれらを見てきた。我々の主君カルロス1世にこれらを報告するために宮廷に到来した。すると、これについて簡潔に書くよう求められた。そのため、本書を執筆した、と。
 本書はカルロス1世の息子のフェリペに献呈されている。のちのスペイン王フェリペ2世である。

 フェリペ2世への訴え

 次期スペイン王となることが確実視されているフェリペにたいして、ラスカサスは次のように申し上げる。王は神によって臣民の父であり、羊飼いのようなものである。父が子にするように、王が臣民の悪を是正するものである。
 インディアスの悪についてはどうか。ラスカサスはその地で50年以上生きてきた。そこでは、スペイン人が多くの蛮行を先住民インディオに繰り返してきた。
 莫大な数の人間の血を流し、これらの大地から先住民を根絶やしにし、彼らから比類のない財宝を盗んできた。

 先住民は平和で謙虚である。そのため、スペイン人はこのような破滅的な罪を今後も繰り返してしまうだろう。これらの征服者はいろいろな理由を考えては、さらなる征服行為の許可を陛下に懇願している。
 だが、このような征服はあらゆる法に反している。これらの征服にはいかなる正当な根拠もない。

 本書を読むことで、陛下が彼らの有害で憎むべき行いを理解し、征服の許可を今後与えることがないように、と。
 このように、ラスカサスはスペイン王がこれ以上、征服行為の許可を出すことがないよう、本書が読まれることを望んでいる。

 先住民インディオがいかに罪のない、改宗に適した人々であるか

 まず、ラスカサスはインディオの性質について論じる。その目的は、インディオがどれほど罪のない人々であり、スペイン王の臣民になる上で、さらにはキリスト教徒になる上で適した人々かを示すことである。
 先住民の罪のなさを示すことで、スペイン人の征服がいかに不当で残酷であるかを示すことになる。
 先住民には臣民やキリスト教徒としての適性があることを示すことで、スペイン王権がぜひとも先住民を征服者から保護しなければならないことを示すことになる。
 具体的には、ラスカサスは次のように説明している。アメリカの先住民はこの世で最も純粋であり、邪悪さや二枚舌をもたない。従順であり、非常に謙虚で忍耐強い。とても平和的で温和であり、憎しみを知らず、復讐しようとはしない。とても繊細で、慈愛に満ちている。
 彼らはまた貧しい民である。この世の中でも、所有財産が少ない。よって、傲慢でもなければ、野心家でもなく、貪欲でもない。衣食住は非常に質素である。
 先住民は優れた理解力を持つ。キリスト教の教義をよく理解する。キリスト教の信仰を受け入れ、徳の高い習慣を身につけるのに非常に適している。 信仰について学び始めれば、信仰に篤くなる。よい信者になる。
 このように、ラスカサスは先住民がスペイン王の新たな臣民やキリスト教徒として大変有望だと論じる。

 スペイン人の極悪非道ぶり

 これにたいし、ラスカサスはスペイン人の征服者がどれほど残酷にこれらの先住民を苦しめ、殺害していったかを本書で論じている。これが本書のメインテーマである。
 スペイン人の征服者はあたかも飢えた狼のように、これらのあわれな羊たち(先住民)を襲い始めた。40年以上も先住民を引き裂いては苦しめ、殺してきた。
 アメリカという豊かな地域に多く存在していた先住民は、貪欲なスペイン人によって滅ぼされてきた。
 たとえば、スペイン人の征服者が初期に到来したエスパニョーラ島には、かつて多くの先住民がいた。だが、現在はほぼ根絶されてしまった。スペイン人が非道な仕方でこれまでに滅ぼしてきた先住民の数は1200万人、いな、1500万人ほどである、と。
 では、スペイン人の征服者はどのようにして先住民を滅ぼしたのか。主に二つある、とラスカサスはいう。
 一つは不当で、残酷で、血なまぐさい、専制的な戦争である。もう一つは、戦争で多くの先住民を殺して抵抗力を削いだ後に、彼らを最も過酷な隷属に置いて圧迫することである。 端的にいえば、エンコミエンダである。
 スペイン人の征服者はなぜこれほど残酷なことをしてきたのか。ラスカサスによれば、その目的は金銀財宝と立身出世のみだった。彼ら自身の飽くことのない貪欲と野心を満たそうとしたためだった。

 ラスカサスはスペイン人の征服者と先住民の間に、以上のような対比を描いていく。なんの罪も犯していないのに、無惨にも殺されていく先住民。スペイン王の優れた臣民やキリスト教徒になれたはずなのに、数え切れないくらい殺されてきた先住民。

 ただ金と野心のためだけに、キリスト教徒とは思えないような残忍な仕方で先住民を滅ぼしてきたスペインの征服者たち。たとえば、彼らは猟犬を仕込み、先住民をみたら襲わせ、八つ裂きにして喰わせた、とされる。

 ラスカサスは本書において、アメリカの各地でスペイン人の征服者がどのような暴虐をはたらいたかを具体的に論じている。エスパニョーラ島やキューバ島、ニカラグア、ベネズエラ、ユカタン、ペルーなどにおいてである。
 ラスカサスは両者の戦争の正当性についても対比を描く。
 ラスカサスからすれば、先住民はスペイン人の征服者に襲われたときに、多くの場合に、抵抗できずに死んでいった。
 あるいは、スペイン人の獰猛さを噂で聞き知り、無惨に殺されるよりも、集団での自殺を選んだ。場合によっては、彼らは自己防衛のための戦争を行った。だが、彼ら自身の武器の弱さなどにより、負けてしまった。
 重要なのは、この場合、先住民が戦争において正当だとされたことである。反対に、スペイン人の征服者が先住民に仕掛けた戦争はすべて不当なものだと論じられた。

 「インディオはキリスト教徒に対して常に最も正当な戦争をしており、キリスト教徒は決してインディオに対して正当な戦争をしていなかった」。ここでのキリスト教徒とはスペイン人の征服者を指す。

アステカ帝国の例

 たとえば、エルナン・コルテスによる有名なメキシコのアステカ帝国の征服については、ラスカサスはこう述べている。
 これは残酷な暴君による暴力的な侵略である。神の法だけでなく、あらゆる人間の法からも非難されるものである。すなわち、全く正当性を欠くものである。
 しかも、征服者たちはスペイン王に服従させるためにという口実で、アステカの人々をこれほどまでに滅ぼした。適切な方法をとっていれば、アステカの人々はスペイン王のよき臣民となっていただろう。
 だが、征服者たちは服従させると言いながらも、実際には金銀財宝などのために滅ぼしたのである。その実行者は人類の公敵というべきである。

 本書の影響や重要性

 ラスカサスは死ぬまでに多くの著作を公刊した。その中でも、本書が最もよく読まれた。16世紀が終わるまでに、ラテン語や英語、フランス語などに次々と翻訳された。何度も再版された。すぐさまヨーロッパ中でベストセラーとなった。

黒い伝説

 では、なぜそれほどまでに本書は読まれたのか。それは当時のスペインの覇権的な強大さに一因がある。本書が公刊された16世紀後半、スペインはヨーロッパの中でも特に強大な列強国だった。

 当時、イギリスはまだヨーロッパの中でも田舎の国であり、さほど強国ともいえなかった。フランスは国内の宗教戦争に突入し、分裂状態にあった。神聖ローマ帝国も宗教的対立の中にあった。イタリアはまだ統一された独立国ではなく、おおむね5つの部分に分かれていた。
 スペインはヨーロッパの内外に広がる日の沈まぬ帝国を形成していた。ヨーロッパでは、スペイン本国だけでなく、1580年にはポルトガルを支配下においた。イタリアでは、ミラノとナポリを支配下に置いた。

 ネーデルラント(現在のベネルクスに相当)もまたスペインの支配下にあった。ヨーロッパの外では、中南米の広大な植民地をもっていた。アジアでも、フィリピンだけでなく、ポルトガル植民地をも併せ持った。
 これほど強大なスペインにたいして、ヨーロッパの周辺国は脅威を抱いた。さらに、支配下に置かれた地域や、支配されそうな国や地域では、スペインへの反感が強まった。
 そのため、彼らはスペインの悪いイメージを拡散させるような宣伝工作を行う。そのための言説が20世紀になって歴史学で「黒い伝説」と呼ばれるようになった。
 黒い伝説の内容としては、スペイン人が残酷で野蛮で、高慢で不寛容で、暴虐で、全世界を支配しようという野心をもつといったものである。このようなスペインの黒いイメージが敵対者によって大々的に流布された。
 このような内容の根拠や情報源は様々ある。たとえば、スペインのイタリア支配や、イギリスとの無敵艦隊アルマダの戦いである。あるいは、フランス宗教戦争への介入である。
 その最たる根拠として利用されたのが、ラスカサスの本書であった。スペイン人は罪のない平和的な先住民をあれだけ大量に、暴君のような仕方で殺害してきた。
 そのことを、ラスカサスというアメリカ植民地に長く住んできたスペイン人がいわば内部情報を暴露させる仕方で告発した。よって、本書はそれだけ信頼できるものであり、同時に利用価値の高いものである。そうみなされた。そのため、ヨーロッパ中ですぐにベストセラーになった。

黒い伝説の影響

 スペイン人の黒いイメージは実際に何の役に立てられたのか。ただ単に、スペインのイメージを悪くすれば十分だったのか。必ずしもそうではない。より重要な役割を担うこともあった。その例を一つ挙げよう。
 この時代、スペインは様々な地域や国で戦争していた。その際に、当然ながら、スペイン軍は敵と休戦や和平などの交渉を繰り返した。あるいは、中立的な国や勢力とも交渉をした。それらの機会で、スペインの敵対者は黒い伝説を活発に利用した。

 スペイン人は元来、野蛮で残虐であり、野心的で、富をむさぼり、信用に値しない。そのような連中が和平を提案していたとしても、それは罠にすぎない。和平案を出すことで、我々の間に仲違いを生じさせ、我々の団結を弱めさせる。

 そのようなチャンスが生じたら、スペイン人はすぐに戦いを再開し、本格化させるつもりだ。よって、スペイン人の和平や同盟の申し出を信用してはならない。騙されて滅ぶより、最後までスペインと戦え。
 このような仕方で、黒い伝説は当時の反スペインの戦いで利用された。ラスカサスの本書は黒い伝説の最たる源泉の一つとして重要であった。

本書の限界

 ちなみに、黒い「伝説」と呼ばれるように、この言説は事実を誇張したり曲解したり、あるいは捏造したりしている。ラスカサスの本書もまたそのような側面があると指摘されている。
 たとえば、スペイン人が滅ぼした先住民の人数が1500万人というのは多すぎる。絶滅したエスパニョーラ島の先住民の数についても、ラスカサスは300万人といっているが、実際にはおよそ60万人ほどだったようだ。
 また、死滅してしまった理由として、伝染病が実際には主だったものだった。ラスカサスも伝染病に触れているが、主要な原因として説明していない。

※ラスカサスの生涯については、「ラスカサス」の記事を参照

おすすめ参考文献

ラス・カサス『インディアスの破壊についての簡潔な報告』染田 秀藤訳, 岩波書店, 2013

染田秀藤『ラス・カサス』清水書院, 2016

安村直己監『南北アメリカ大陸 : ~一七世紀』岩波書店, 2022

David Thomas Orique(ed.), Bartolomé de las Casas, O.P. : history, philosophy, and theology in the age of European expansion, Brill, 2019

Lawrence A. Clayton(ed.), Bartolomé de las Casas and the defense of Amerindian rights : a brief history with documents, University of Alabama Press, 2020

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