日本

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19世紀

与謝野晶子とは:一流の女流歌人は戦前の社会問題にどう向き合ったか

歴史の研究者が研究書等に依拠して、しっかり説明しています。大学・高校・大学院の調べ物やレポート・論文などに最適です。ネット上でよくみる真偽不明な怪しい情報ではなく、より確かな情報を効率よく利用しましょう。それは、当サイトにあります。 与謝野晶子は明治・大正・昭和を代表する歌人(1878―1942)。若い頃には歌集『みだれ髪』を発表し、一躍歌人としての地位を築いた。ヨーロッパでは大変興味深い体験をして、それを記事にした。明治の浪漫主義の代表的な歌人の一人である。短歌以外にも、日露戦争で詩「君死にたまふことなかれ」を発表し、物議を醸した。他にも評論や古典研究などに勤しみ、『源氏物語』を現代語訳した。 なお、以下では与謝野晶子の肉声や肖像画も楽しめます。
19世紀

宮沢賢治:夜空に架かる童話の世界

 宮沢賢治は大正と昭和初期の童話作家で詩人(1896―1933)。早くから文学に興味をもった。仏教や化学にものめり込んだ。童話や詩を制作し、雑誌や新聞で発表した。地域住民のために農業指導や文化活動を行いながら、作品の発表を続けた。だが、生前にはあまり高く評価されず、37歳で病没した。以下では、代表作のあらすじを交えつつ、その生涯をみていく。
19世紀

岡倉天心(覚三):明治の日本美術の発掘

 岡倉天心は明治から大正に活躍した官僚で美術家(1862―1913)。東京帝国大学のフェノロサによる日本古美術の復興運動に尽力すると同時に、弟子の横山大観らとともに西洋美術を摂取した新しい日本画の樹立を推進した。さらに、万博への日本出展での貢献や講演を行い、あの世界的に有名な本を英語で出版するなどして、日本の美術や文化を西洋にしかるべき仕方で紹介した。
19世紀

樋口一葉:明治時代の女流作家の生涯と国内外での評価はどのようなものか

歴史の研究者が日本語や英語等の研究書に依拠して、しっかり説明しています。大学・高校・大学院の調べ物やレポート・論文などに最適です。ネット上でよくみる真偽不明な怪しい情報ではなく、より確かな情報を効率よく利用しましょう。それは、当サイトにあります。樋口一葉は明治前半の女流作家。若くして一家が困窮し、貧しい生活の中で小説家の道を進んだ。社会の底辺にある人々、とくに女性たちの生き様を『にごりえ』や『たけくらべ』などで描いた。この記事では、一葉の生涯と作品を説明し、日本と海外での評価を紹介する。
19世紀

夏目漱石の「教育と文芸」の要約:文豪が論じた教育と小説の関係とは

 この記事では、文系の研究者が夏目漱石の「教育と文芸」を要約しながら紹介する。1911年、夏目は長野県会議事院に招待され、文芸と教育の関係について講演した。この講演は、文学と教育および社会のそれぞれの関係にかんする夏目の考えを見て取れる興味深い講演である。
19世紀

夏目漱石の「現代日本の開化」の要約:明治以後の日本のなにが問題だったのか

この記事では、文系の研究者が夏目漱石の「現代日本の開化」を要約して紹介する。これは1911年、夏目がすでに傑出した文化人となっていた頃の講演の内容である。講演の前半で、夏目は「開化」とは何かを論じる。後半で、現代日本の開化の性質と問題点および解決策を論じている。
19世紀

夏目漱石の「私の個人主義」の要約:権力者こそ守るべきマナーとはなにか

 この記事では、文系の研究者が夏目漱石の「私の個人主義」を要約しながら紹介する。 漱石は1910年代に社会批評も行うようになった。「私の個人主義」はその代表的なものの一つである。
19世紀

吉田松陰:尊王攘夷思想から明治維新へと至った激動の生涯

歴史の研究者が日本語と英語等の研究書に依拠して、しっかり説明しています。大学・高校・大学院の調べ物やレポート・論文などに最適です。ネット上でよくみる真偽不明な怪しい情報ではなく、より確かな情報を効率よく利用しましょう。それは、当サイトにあります。 吉田松陰は19世紀半の尊王攘夷派の志士で思想家(1830―1859)。水戸学派のもとで尊王思想を発展させ、佐久間象山らのもとで兵学や洋学を学び、ペリー来航の際には海外密航を試みて失敗した。山口で松下村塾を開き、伊藤博文や井上馨らを育てた。長州藩の尊王攘夷運動の起爆剤となった。
19世紀

正岡子規:近代俳句と短歌の大将

歴史の研究者が日本語と英語等の研究書に依拠して、しっかり説明しています。大学・高校・大学院の調べ物やレポート・論文などに最適です。ネット上でよくみる真偽不明な怪しい情報ではなく、より確かな情報を効率よく利用しましょう。それは、当サイトにあります。正岡子規は明治時代の俳人で歌人。人生最後の15年間ほどの期間で、俳句や短歌の世界に大きな革新をもたらした。夏目漱石と友人で、高浜虚子や伊藤左千夫らを育てた。以下では、海外での子規の評価も紹介する。
11−14世紀

藤原彰子:藤原家の天下と宮廷生活

歴史の研究者が研究書に依拠して、しっかり説明しています。大学・高校・大学院の調べ物やレポート・論文などに最適です。ネット上でよくみる真偽不明な怪しい情報ではなく、より確かな情報を効率よく利用しましょう。それは、当サイトにあります。藤原彰子は中宮で皇太后。父は藤原道長。天皇の跡継ぎをうむことで道長の天下を可能にしただけでなく、自ら政治権力を行使し、国母となり、あるいは藤原家の摂関政治から院政への橋渡し役も担った。紫式部らをひきいて、華やかな宮廷生活を送った。
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