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ヤン・ファン・エイク

ヤン・ファン・エイクは15世紀前半にオランダ(ネーデルラント)で活躍した画家(1395 年頃ー1441 年頃)。油絵の技法を完成させたことで知られる。代表作には、ヘントのシント・バーフ大聖堂の祭壇画である「神秘の子羊」がある。

目次

ヤン・ファン・エイクの前半期

 ヤン・ファン・エイクは現在のベルギーのリエージュ司教区にあるマーセイクで生まれた。

 1422年、ヤンは現在のオランダのホラント伯の宮廷画家および侍従として、ハーグに住んでいた。

 1425年、ホラント伯が没した。そこで、ヤンはブルッヘに移った。ブルゴーニュのフィリップ善良公によって、宮廷画家および侍従に任命された。そこで、現在のフランス北部(当時はブルゴーニュ公の領地)のリールに移った。

 宮廷画家として活躍するかたわら、ヤンは他国への特使として派遣された。その中で特に有名なのは、1428年にポルトガルに派遣された一件である。ポルトガルの王女イサベルをブルゴーニュ公の妃として迎え入れるべく、交渉のために派遣されたのだった。

油彩画家としての活躍:『神秘の子羊の礼拝』や『アルノルフィーニ夫妻像』

 1431年、ヤンはブルッヘに移り、結婚した。その後も宮廷画家として活動した。ヤンの作品として知られるものは、このブルッヘ時代に制作されたものである。『神秘の子羊の礼拝』や『アルノルフィーニ夫妻像』、『受胎告知』などがそうである。

ヤン・ファン・エイクの肖像画

ヤン・ファン・エイク 利用条件はウェブサイトにて

 また、ヤンは以前と同様に、特使として派遣されることもあった。1441年、ブルッヘで没した。

ヤン・ファン・エイクの主な作品

『神秘の子羊の礼拝』(1432)
『アルノルフィーニ夫妻像』(1434)
『受胎告知』(1434−36)

こういう面白い解説もあります

美術評論家として人気の山田五郎さんがYoutube公式チャンネルにてお送りするヤン・ファン・エイクの解説

おすすめ参考文献

木川弘美『ネーデルラント美術の誘惑 : ヤン・ファン・エイクからブリューゲルへ』ありな書房, 2018

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