ハンス・クリスチャン・アンデルセンは19世紀のデンマークの作家(1805ー1875 )。世界的に有名な童話作家。アンデルセンは貧しい家庭の出身d、大学生の頃に処女作を公刊した。小説以外にも、奴隷制に反対する演劇や、旅行記なども著した。おとぎ話としては、「雪の女王」や「醜いアヒルの子」などで、生前の時点でも世界的に有名になった。
アンデルセンの生涯
アンデルセンはデンマークのオーデンセで靴屋の家庭に生まれた。父はアンデルセンに幼い頃から物語や演劇の楽しさを教えた。
この時代、フランスでは革命の流れで、ナポレオン1世が周辺地域と戦争していた。アンデルセンの父はナポレオンの志願兵として戦争に参加した。ナポレオンがワーテルローの戦いで完全に敗北し、父は帰国した。だが、すぐに没した。
かくして、アンデルセンの一家は困窮した。アンデルセン自身は小学校にも通わなかった。だが、かつての父の影響で、読書はした。
その後、王立劇場の巡業をみにいったのがきっかけで、アンデルセンは演劇界に憧れを抱いた。役者になろうとして、コペンハーゲンに移った。その人柄により、多くの支援者を得た。文法学校に通えるようになった。
作家としての成功:『人魚姫』など
20代前半で、アンデルセンはコペンハーゲン大学に入った。その頃、『ホルメン運河からアマーゲル島東端までの徒歩旅行』を出版し、人気を得た。作家として成功し始めたので、大学をやめて、文筆に勤しむことにした。
だが、アンデルセンはすぐには成功しなかった。1831年、支援者のすすめで、大陸旅行にでかけた。その際に、ドイツでは作家のティークらと交流をもった。1833年から、フランスやスイス、イタリアなどに旅行した。ローマ滞在中に『即興詩人』を執筆した。1835年、帰国後に完成して出版し、名声を博した。また、同年、最初の童話集を公刊した。
この頃から、アンデルセンはデンマーク政府から経済支援を受けるようになり、生活が安定してきた。その後も童話集を刊行し、ヨーロッパで名声を確立していった。『人魚姫』や『裸の王様』 『マッチ売りの少女』 など、今日も親しまれる童話を紡いでいった。
かくして、グリム童話のグリム兄弟やイソップ童話(物語)のイソップとともに、世界的に有名な童話作家となった。
アンデルセンの肖像画

聞いて愉しむアンデルセン童話の「赤いくつ」
聞いて愉しむアンデルセン童話の「醜いアヒルの子」
アンデルセンの主な作品
『ホルメン運河からアマール島東端までの徒歩旅行』(1829)
『即興詩人』 (1835)
『童話集』 (1835)
『しがないバイオリン奏者』(1837)
『絵のない絵本』 (1840)
『生きるか死ぬか』 (1857)
おすすめ参考文献と青空文庫
高橋健二『グリム兄弟とアンデルセン』講談社, 2022
※アンデルセンの作品は青空文庫で無料で読めます。
https://www.aozora.gr.jp/index_pages/person19.html
