ヨーゼフ 1 世は18世紀初頭の神聖ローマ帝国の皇帝(1678ー1711 ) 。皇帝の在位は1705ー11。ハンガリー王でもあり、その在位は1687ー1711。ハプスブルク家の出身。スペイン継承戦争での敗北で知られる。
目次
ヨーゼフ1世の出自と初期
ヨーゼフはオーストリアのウィーンで神聖ローマ皇帝レオポルト1世の長男として生まれた。よって、ハプスブルク家の出身である。
1687年にハンガリー王になった。1690年、ローマ王に選ばれた。
スペイン継承戦争へ
1700年、スペイン王カルロス2世が没した。その際に、カルロスはフランス王ルイ14世の孫フィリップを後継者に指名した。これにより、大国のフランスとスペインが結合する可能性がでてきた。イギリスやオランダはそのような結合を阻止すべきと考えた。
その頃、ヨーゼフ1世の弟カルロスがスペインの正統な王位後継者を宣言した。ヨーゼフ1世などは、オーストリア・ハプスブルクの立場として、スペイン・ハプスブルクがフランスに吸収されるのを防ぎたかった。
そこで、1701年、スペイン継承戦争が開始された。そのさなかの1705年、ヨーゼフは神聖ローマ皇帝に即位した。皇帝の軍はイタリアやドイツなどで勝利を収めた。だが、自身の領地のハンガリーでは、ルイ14世の支援のもとで、反乱が起こった。ヨーゼフは反乱の鎮圧にも同時に取り組まなければならなかった。
ヨーゼフ1世の肖像画

スペインではマドリードの占領にも成功した。だが、1711年、ヨーゼフは疫病で急死した。スペイン継承戦争は1713年のユトレヒト条約で終わることになる。
おすすめ参考文献
菊池良生『図説神聖ローマ帝国』河出書房新社, 2009








