現代ラテンアメリカの代表的な作家ガブリエル・ガルシア・マルケス。代表作『百年の孤独』で有名な、ノーベル文学賞受賞者です。本書へとつながる傑作『悪い時』が和訳されました。そこで、本書の背景や内容などについて紹介していきます(ネタバレ最小限)。
この記事はPRを含んでいます。
『悪い時』とは
著者はどんな人?
ガブリエル・ガルシア・マルケスはコロンビア北部のカリブ海地域で生まれました。その後、首都ボゴタに移り住みます。
1947年には、法学の勉強を始めました。しかし、大統領候補ガイタンの暗殺事件などが起こります。これらをきっかけに、ガルシア・マルケスはその勉強をやめ、ジャーナリストの道を選びました。
その後、ガルシア・マルケスは生涯、ジャーナリストとして熱心に活動を続けます。
ジャーナリストとして活動するかたわら、文学への関心を深めていきます。たとえば、フォークナーやカフカ、ヘミングウェイなどの作品に影響を受けてました。
1955年には、最初の文学作品『落葉』を公刊しました。その後、ヨーロッパに移り、ジュネーブ、ローマ、パリに4年間住みました。
1958年にはアメリカ大陸に戻ってきました。ベネズエラでジャーナリズム活動に励みました。冷戦の最中、キューバ革命が起こると、彼はキューバに移り住みました。キューバの指導者たちとも交流を深めました。
その後は、ニューヨークで活動した後、メキシコに定住しました。
1962年、ガルシア・マルケスがパリで『悪い時』を公刊したのはこのような時期でした。本書はもともと短編小説であり、コロンビアで賞を得ました。これは、1966年には中編小説に書き直されました。
1967年には、代表作として知られる『百年の孤独』を公刊します。『百年の孤独』はすぐに国内外で高い評価をえて、様々な賞を得ることになります。
その後も、ガルシア・マルケスはジャーナリストおよび作家として活躍し続けます。ノーベル文学賞も獲得しました。祖国のコロンビアでも、国民的な作家として讃えられています。
どのような本?
背景
本書は1950年代のコロンビアのカリブ海沿岸地域の町を舞台としています。
この時代のコロンビアは政情が不安定でした。上述のように、ガルシア・マルケスは1947年にボゴダで法律を学んでいました。しかし、1948年に大統領候補ガイタンの暗殺事件が起こりました。
ガイタンは人気の政治家でした。暗殺は現職の大統領の指示だという噂が広がりました。そのため、ガイタンの支持者がボゴタで武装して暴動を起こし、2千人ほどの犠牲者をだしました。
ボゴタの大暴動はコロンビア全体に広がり、主要な2つの政党の間で武力衝突を引き起こしました。その後の数年間は「暴力の時代」と呼ばれ、30万人ほどが犠牲となりました。
内容
『悪い時』は「暴力の時代」における、つかの間の平穏な時期のコロンビアを舞台にしています。比較的平穏だとはいえ、不確実で不安定な平和でしかありません。なにか火種でもあれば、すぐにまた騒乱が起こってもおかしくない状況です。
そのような中、物語の舞台の町は、カリブ海での洪水などの自然災害にみまわれます。洪水がさった後、町は置き去りにされた動物の死骸の腐敗臭に苦しめられます。
町の政治もまた腐敗臭が漂っています。いつ壊れてもおかしくない平穏。突如、町にはビラがまかれます。ビラは町の人々の不名誉な秘密を暴露する内容です。
このような不安定な時代と場所では、名誉あるいはメンツは平和な時代や場所よりも重要なものとなります。名誉が失われることによるダメージも大きいものです。
ビラは町で大きな騒動の火種となっていきます。ビラをまいたのは、いったい誰なのか。なにが目的なのか。ビラ騒動のために、戒厳令が敷かれる。つかの間の平穏の町は、ビラ騒動によってどうなってしまうのか。
暴力の時代のコロンビアにおいて、嫉妬や貪欲、憤り、無関心、暴力などがいかに展開していくのか。本作はそれをリアルに描き出そうとした力作です。
本書は、孤独をも主なテーマの一つとしています。このテーマは、本書のすぐ後に公刊された代表作『百年の孤独』へと密接につながっていきます。よって、『百年の孤独』を読んだ方なら、本書は必読書というべきものです。
それ以外の方でも、現代ラテンアメリカ文学の代表者の傑作として、本書は一読に値するといえます。
おすすめ参考文献
ガブリエル・ガルシア・マルケス『悪い時』寺尾隆吉訳, 光文社, 2024