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ビシャ:近代組織学の父

 マリー・フランソワ・グザヴィエ・ビシャは18世紀後半のフランスの医者で医学者(1771−1802)。フランス革命の動乱の時代に、人体の組織の理解などにかんして医学上の功績を残した。

目次

ビシャの生涯

 ビシャはフランスのトワレットで医者の家庭に生まれた。リヨンで医学を学んだ後、1793年にパリに出た。

 医者や医学者としての活躍

 ビシャはパリで、オテル・ディユに勤めていた外科医ドソーと知り合い、師事するようになった。彼の『外科雑誌』の編集に協力した。1795年にはドソーが没した。1796年、ビシャは医学競進協会を設立した。また、解剖学や生理学などの教授も行うようになった。1800年頃、オテル・ディユの医師となった。臨床研究や解剖などを行った。医学上の成果としては、顕微鏡を用いずに、人体の組織を体系的な仕方で21種の組織に分類した。1802年に没した。

 当時のフランス革命の中で頭角を現していたナポレオンがビシャの功績を認め、オテル・ディユの前に彼の胸像を設置させることになった。

 ビシャの肖像画

マリー・フランソワ・グザヴィエ・ビシャ 利用条件はウェブサイトにて

 ビシャの主な著作

『諸膜論』(1799)
『一般解剖学』(1801)かk

『生と死に関する生理学的研究』(1801)
『記述解剖学』(1803)

おすすめ参考文献

マリー・フランソワ・グザヴィエ・ビシャ『生と死に関する生理学的研究
鮫島夏樹訳, 島夏樹, 2016

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この記事を書いた人

国内の大学院を修了した歴史系の独立研究者です。

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