古代ギリシャの三大悲劇作家アイスキュロスは紀元前450年代に、代表作となる『オレステイア』三部作を初演した。『アガメムノン』と『供養する女たち』そして『慈しみの女神たち』である。
このシリーズは現代にも通じる重要なテーマを扱っている。アガメムノンに始まる一連の復讐劇はどのような結末を迎えるのか。
なお、この記事はネタバレを含んでいる。教養として知っておきたい方におすすめだ。あらすじを読んだうえで、興味を深めたなら、原著(の翻訳)を手にとってみるのもおすすめだ。
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それぞれの作品には、目次から飛ぶことができます。
『アガメムノン』(Agamemnon)のあらすじ
この物語はトロイ戦争の終わりごろに関するものである。物語の舞台はギリシャのアルゴスである。アルゴスにはギリシャ王の宮殿がある。その屋上で、兵士が合図を待っている。トロイ戦争が終わったことを知らせる合図である。合図の火が灯る
兵士はそれを見て、王妃クリュタイムネストラに伝えにいく。
入れ替わりで、老人たちが入ってきて、トロイ戦争の経緯を語る。トロイ戦争は、トロイの王子パリスがギリシャ王メネラウスの妻ヘレネを奪ったことから始まった。メネラウスとアガメムノンの兄弟がその復讐として、トロイに戦いを仕掛けたのである。この戦争が10年間続いた。
アガメムノンはその行軍に際して、移動のために、クリュタイムネストラの娘イフィゲネイアを女神アルテミスに生贄として捧げた。これが物語で鍵を握ることになる。
このようなことを老人たちは回想する。
そこに王妃がやってくる。老人たちは王妃に、なぜ宮殿に犠牲の儀式をしているのかをを尋ねる。王妃は彼らにたいし、ついにギリシャ軍がトロイ戦争を勝利で終わらせたことを伝える。彼らはこの知らせに半信半疑だが、神々に感謝を示す。
そこに、戦地からの帰還兵が到来する。ギリシャの勝利の知らせを確証するとともに、この戦いがいかに大変だったかを語る。無事に帰還できたことを神に感謝する。
王妃は夫のメネラウスと義弟のアガメムノンのもとに使者を送る。帰還兵はメネラウスが戻り道で嵐にあい、現在は行方不明になっていると説明する。
老人たちはこの戦争の発端ともなったヘレネの美貌とその経緯を語る。そこに、アガメムノンが馬車で帰還する。アガメムノンはトロイの王子パリスの妹カサンドラを奴隷として連れ帰ってきた。
王妃はアガメムノンを出迎える。宮殿の前に、紫色のタペストリーをしき、アガメムノンにその上を歩いてくるよう求める。アガメムノンはそのような行為が傲慢で思い上がったことだという。そのようなことをすれば、なにか不吉なことが起こるのを心配する。だが、王妃の懇願により、結局はタペストリーの上を歩いて宮殿に入る。
王妃はカサンドラに、宮殿に入るよう求める。だが、カサンドラは沈黙して、これを拒否する。王妃は苛立ち、カサンドラのもとを去る。
カサンドラは突如として、神託を受けて、予言を始める。アガメムノンが死んで、自分自身も死んで、復讐する者が現れる。カサンドラはこの予言を成就するかのように、宮殿に入っていく。
宮殿の中から、アガメムノンが襲われている声がする。
老人たちは恐怖で混乱し、どうすべきかとうろたえる。そこに、王妃が血まみれで出てくる。宮殿の中には、アガメムノンとカサンドラの死体がみえる。
王妃は殺害の動機を語る。上述のように、かつてアガメムノンが行軍中に、王妃の娘を女神に生贄として差し出した。王妃はその復讐をしたという。
王妃は自身の恋人のアイギストスと共謀して、アガメムノンらを殺害した。アイギストスはこれに加担した動機を語る。かつて、アガメムノンの父がアイギストスの兄弟を殺して調理し、アイギストスの父に食べさせたためだという。
老人たちはアガメムノンの息子オレステスが復讐しにくるだろうと語る。物語は『供養する女たち』に続く
『供養する女たち』のあらすじ
前作『アガメムノン』でアガメムノンがクリュタイムネストラとアイギストスに殺害されてから、数年が経つ。アガメムノンの息子オレステスは祖国を離れ、放浪生活を送っていた。だが、アポロンの神託により、父の復讐をしなければならないことを知る。さもなければ、オレステスはさらなる災厄を受けるだろうからである。
そこで、オレステスはピュラですを連れて、祖国のアルゴスに戻ってくる。アガメムノンの墓を訪れる。自分の髪の毛を一房切り、墓に供える。
そこに、他の一団が近づいてくる。オレステスたちは墓の後ろに隠れる。オレステスの姉エレクトラと、奴隷の女たちがやってくる。エレクトラはアガメムノンを殺した母を恨んでいる。父のために祈る。失踪中のオレステスのためにも祈る。女たちは墓に供え物をする。
エレクトラはオレステスの供え物の髪の毛に気づく。自分の髪の毛に似ていることに気づく。足跡があるのを見つけ、辿っていく。ついに、オレステスと再会する。
オレステスはアポロンの神託で、父の復讐のために戻ってきたことを明かす。エレクトラはそれに賛同する。
エレクトラは墓参りの理由を説明する。クリュタイムネストラは恐ろしい夢をみたので、その原因がアガメムノンの怒りにあるだろうと考えた。怒りを鎮めるために、酒を父の墓に供えることにした。そのため、エレクトラたちがやってきたのだ、と。
オレステスとエレクトラはともに父のために復讐を果たそうと誓い、祈る。
女性たちは女性の裏切りについて、特にクリュタイムネストラのそれについて語る。神々はクリュタイムネストラを嫌い、彼女を正義によって罰するだろう、という。彼女たちはオレステスとエレクトラの復讐を後押しする。
オレステスとピュラデスは変装して、エレクトラと女性たちの協力で、アルゴスの宮殿にやってくる。
クリュタイムネストラが二人に応対する。オレステスは正体を隠したまま、オレステスが死んだことを伝えに来たと彼女に伝える。クリュタイムネストラはそれを聞いて、嘆き悲しむそぶりをみせる。
そこに、オレステスの乳母だったシリッサがやってくる。クリュタイムネストラはシリッサに、現在の夫で王でもあるアイギストスを呼びにいかせる。クリュタイムネストラは護衛も連れて来るよう頼もうとする。だが、女性たちがそれを妨げる。シリッサは出ていき、アイギストスを単独で来るよう呼びに行く。
アイギストスがやってくる。彼はオレステスたちの報告を確かめるために、宮殿に入っていく。オレステスたちがアイギストスに復讐を果たす。
召使が叫び声を上げ、クリュタイムネストラに危険な状況にあると警告する。クリュタイムネストラは異変に気づく。宮殿の中で、オレステスがアイギストスを殺したことに気づく。
オレステスはクリュタイムネストラに復讐を果たそうとする。だが、クリュタイムネストラは命乞いをする。自分を殺したら、オレステスを呪うと脅す。さらに、彼の母であることを必死にアピールする。
オレステスは母殺しを躊躇する。だが、仲間のピュラデスがオレステスにたいし、アポロンの神託を思い出させる。オレステスは決意をかため、復讐を遂げる。アガメムノンを覆ったのと同じ屍衣で、クリュタイムネストラとアイギストスを覆う。アポロンの神託通り、復讐の正義を実行したと宣言する。
だが、物語はここで終わらない。クリュタイムネストラの呪いのためか、復讐の女神がオレステスにたいし、クリュタイムネストラの敵討ちを果たそうと、やってくる。オレステスは恐怖で逃げ出す。女たちは復讐劇の連鎖を嘆く。
物語は『慈しみ女神たち』でラストを迎える。
『慈しみの女神たち』(Eumenides)のあらすじ
この物語は古代ギリシャのデルフィのアポロン神殿で始まる。巫女ピュティアはアポロンの儀式の準備をする。そこに、傷だらけのオレステスが到来する。
オレステスは父アガメムノンの復讐として、前作で母クリュタイムネストラを殺害した。だが、クリュタイムネストラの呪いにより、復讐の女神たちがオレステスを襲撃した。
オレステスはアポロンの神殿に逃げ込んできた。というのも、アガメムノンの復讐をオレステスに命じたのは、アポロンだったからである。この物語は、オレステスに対するクリュタイムネストラの復讐をめぐって繰り広げられる。
アポロンはオレステスを守るべく、復讐の女神たちを眠らせる。オレステスの復讐による穢れを清めようとする。だが、失敗する。オレステスにたいし、アテネに行って、女神アテナの助けを求めるよう告げる。そのために、ヘルメスを彼に同行させる。オレステスとヘルメスはアテネへと出発する。
クリュタイムネストラの亡命がアポロンの神殿にやってくる。復讐の女神たちが眠っている間にオレステスが逃げたので、クリュタイムネストラはこの女神たちの怠惰を非難する。復讐の女神たちは目を覚ます。復讐の女神たちは、オレステスという罪深いお事を助けたアポロンなどを非難する。
そこにアポロンがやってくる。アポロンはオレステスの行動が正しいと弁護する。むしろ、復讐の女神たちは正義より復讐を重視する陋習を保持しているとして、アポロンは彼女たちを責める。アポロンはオレステスを守り続けると言う。女神たちはアポロンに反論し、アテネへと出発する。
他方、オレステスはアテネに到着する。女神アテナに庇護を求める。まもなく、復讐の女神たちが彼に追いつく。彼を襲い、苦しめる。
アテナがそこにやってくる。アテナは彼らが誰であり、何をしているのかを問う。彼らは事情を説明する。アテナはアテネの守護神として、この都市の平和を乱すことは許さないという。よって、復讐の女神たちによる復讐という暴力行為も許さない。
そこで、アテナは彼らに、オレステスがアテネでクリュタイムネストラの殺害にかんする裁判を受けるよう提案する。彼らはこれに同意する。正当な罰を下すことと都市の秩序を維持することはともに重要だからである。
アテナはアテネ市民を陪審員とした裁判を開催する。復讐の女神たちがオレステスのいかに有罪かを論証しようとする。アポロンがオレステスのために、オレステスが無罪であることを弁じる。陪審員は意見が割れる。
そこで、アテナ自身がこの裁判の票決に関わる。アテナはアポロンの弁明になった納得知った目、オレステスは無罪となる。
復讐の女神たちは激怒する。彼女たちはアテナに矛先を向けようとしている。都市アテネの平和と秩序が危機的状況に陥りかねない。
そこで、アテナは復讐の女神たちに提案する。彼女たちをアテネで神々として迎え入れ、今後は崇拝の対象にする。復讐の女神たちがアテネの守護神に加わるなら、相応の供物や祈りが捧げられる、と。
復讐の女神たちはこれに同意する。深紅のローブをまとい、今後は「慈しみの女神たち」になる。かうして、オレステスの命とアテネの平和は救われる。
『オレステイア』三部作は復讐劇の連鎖だった。『アガメムノン』では、アガメムノンが娘イフィゲネイアを生贄に捧げていたために、クリュタイムネストラによって復讐として殺害された。
『供養する女たち』では、オレステスがその復讐のために、クリュタイムネストラを殺害した。『慈しみ女神たち』では、復讐の女神たちがその復讐を果たそうとしたが、アテネで慈しみの女神に変わった。こうして、復讐の連鎖が終わった。