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シューベルト

フランツ・シューベルトは19世紀前半に活躍したオーストリアの音楽家(1797ー1828)。ロマン派の代表的人物の一人として知られる。「歌曲の王」とも呼ばれる。多くの楽曲をつくったが、代表作には「魔王」や交響曲第7番 の 「未完成」などがある。

目次

シューベルトの出自と初期

 シューベルトは音楽の都ウィーンで教員の家庭に生まれた。音楽好きの一家だった。幼い頃から、ヴァイオリンなどを学んだ。

音楽家としての活躍:魔王など

 1808年、シューベルトは11歳の頃、王立神学校で学んだ。その学生管弦楽団で指揮者なども務めた。また、著名な作曲家サリエリらに師事して、作曲活動にもいそしんだ。

 1813年、シューベルトは神学校を離れて、師範学校に通った。その後、父が校長をつとめていた学校の教員に採用された。同時に、ゲーテの文学作品を利用するなどして、作曲活動にもはげんだ。

 徐々に名声を得るようになり、交流関係も広がった。シューベルトの音楽を愉しむための集い「シューベルティアーデ」が催されるようになった。主に、富豪の邸宅などで催された。また、ハンガリーに音楽の家庭教師として招かれることもあった。

 1821年、シューベルトは『魔王』を発表した。今日でも彼の代表曲として知られる『魔王』により、彼の名声は国外にも広まっていった。1822年には、同様にシューベルトの代表曲としられる交響曲「未完成」(D759)が制作された。

シューベルトの肖像写真

シューベルト 利用条件はウェブサイトにて

だが、オペラ楽曲で成功しようとする試みは失敗した。また、この時期に病を患い、苦しむようになった。

 その後も、シューベルトは作曲活動にはげんだ。だが、病と貧困に苦しんだ。金策のために、教員や家庭教師の仕事もこなした。 1828年に没した。31歳だった。生涯で千曲ほどの楽曲を制作した。

 シューベルトはベートーヴェンを敬愛していた。そのため、シューベルトの希望で、彼の墓はベートーヴェンの墓の隣に建てられた。

シューベルトの代表曲「魔王」

フランス・ミュージック・コンサートがYoutube公式チャンネルにてお送りする「魔王」

シューベルトの代表曲「未完成」D.759

ノルウェー・チャンバー・オーケストラがYoutube公式チャンネルにてお送りする「未完成」

おすすめ参考文献

井形ちづる『シューベルトのオペラ : オペラ作曲家としての生涯と作品』水曜社, 2018

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