宗教改革– tag –
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イギリス
ヘンリー8世:イギリスの宗教改革
ヘンリー8世はイギリス(イングランド)の国王(1491ー1547)。子供ができないことを理由に王妃と離婚しようとした。だが教皇の許可がえられなかった。離婚問題により、イギリスの宗教改革を引き起こした。この記事では、ヘンリー8世の宗教改革の性質や重... -
中南米
カール5世(カルロス1世):近世ハプスブルク帝国の覇者
カール5世は神聖ローマ皇帝でスペイン国王(1500ー1558)。スペイン王としてはカルロス1世で、ハプスブルク家の出身。ドイツでルターの宗教改革に対抗し、ネーデルラント(現在のベネルクス)の支配を確立し、東欧や地中海エリアでオスマン帝国のスレイ... -
イギリス
メアリー・スチュワート:宗教改革期のスコットランド女王
メアリー・スチュワートはスコットランド女王(1542−87)。生まれてすぐに女王に即位した。フランス王と結婚し、フランス王妃になった。だが夫がすぐ没したので、スコットランドに帰国した。プロテスタント諸侯と対立し、内戦の末に、イングランドへ亡命... -
ローマ教皇庁
教皇レオ10世: どのようにして宗教改革の引き金を引いたか
レオ10世はローマ教皇(1475ー1521 )。在位は 1513ー 21 年。メディチ家の出身で、本名はジョヴァンニ・デ・メディチ。贖宥状の発布でルターの宗教改革を引き起こしたことで知られる。この記事では、レオがどのようにしてその引き金を引いたのか、なぜ... -
イギリス
ジョージ・ブキャナン:スコットランドの人文主義と宗教改革
ジョージ・ブキャナンは16世紀のスコットランドの人文学者で詩人(1506ー1582 ) 。1560年代のスコットランドでの宗教改革を先導した一人であり、著名な人文主義者でもあった。貴族やプロテスタント教会が女王メアリーを廃位するのを正当化した。メアリー... -
ドイツ・神聖ローマ帝国
ミュンツァー:ドイツ宗教改革と農民戦争
トマス・ミュンツァーはドイツの聖職者(1490ー1525 ) 。ドイツ宗教改革の代表的人物の一人。急進主義的な再洗礼派として知られる。1524−25年の農民戦争を指導したが、捕えられ、処刑された。その生涯と革命思想をてみていく。 ミュンツァー(Thomas Mün... -
オランダ・ベルギー
メンノー・シモンズ:オランダの再洗礼派
メンノー・シモンズはオランダの神学者 (1496ー1561)。オランダ(ネーデルラント)で再洗礼派という宗派を主導した。ドイツ宗教戦争などを背景に、再洗礼派が分裂する中で、メンノー主義を形成した。これは平和主義で知られる。 メンノー(Menno Simons)... -
ドイツ・神聖ローマ帝国
神聖ローマ皇帝フェルディナント1世
フェルディナント1世は神聖ローマ帝国の皇帝(1503ー1564)。ハプスブルク家の出身で、カール5世の弟。オーストリアとハンガリーそしてボヘミアの統治者となった。帝国では、兄カールのかわりに、統治を行った。 宗教改革による宗教戦争では、寛容の精... -
ドイツ・神聖ローマ帝国
マルティン・ルター:宗教改革をなぜどのように引き起こしていったのか
マルティン・ルターはドイツの神学者(1483 ー1546 )。宗教改革の代表的人物の一人であり、聖書主義や万人司祭主義で知られる。聖書のドイツ語訳など、様々な重要な試みをした。著作活動では多産であった。 音楽をこよなく愛した人物でもあり、自ら宗教... -
フランス
アンリ4世:宗教戦争を終結させたフランス王
アンリ4世はフランスの国王(1553ー1610)。ブルボン朝の最初のフランス国王。16世紀後半のフランス宗教戦争の時代に生まれた。当初はプロテスタントの軍事リーダーとして育てられ、活躍した。彼の結婚式の際に、サン・バルテルミの虐殺が起こった。 そ...