古代ギリシャ文学は西洋文学の主な源泉の一つである。叙事詩や神話などの形で展開され、古代ローマ以降のヨーロッパに大きな影響をもたらした。
この記事では、主だった作品として、ホメロスの『イリアス』と『オデュッセイア』、そしてヘリオドロスの『エティオピア物語』を紹介する。その内容と、それを読むことで得られるものを説明する。
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ホメロスの『イリアス』と『オデュッセイア』
ホメロスは古代ギリシャでも最古の詩人として知られる。『イリアス』と『オデュッセイア』が代表作である。これらは古代ギリシャ文学の代表作としても知られる。
どんな内容?
『イリアス』は伝説上のトロイ戦争を主題としている。トロイ戦争はギリシャとトロイの戦争である。これはギリシャ神話の中でも特に重要な戦争である。
ゼウスは増えすぎた人間を減らそうとして、この戦争を用いた。そのために、次のようなきっかけを準備する。
絶世の美女ヘレネはギリシャのメネラオス王の妻になる。だが、トロイの王子パリスが女神アフロディーテの力を借りて、ヘレネを奪って自らのものとする。これにたいし、メネラオスの兄で王のアガメムノンがギリシャ軍を率いて報復する。ここに、トロイ戦争が始まった。
トロイ戦争はギリシャ軍とトロイ軍が戦うだけでなく、神々もまたそれぞれの陣営に味方して戦う。そのため、人間の英雄や神々による戦争であった。
『イリアス』は戦争が始まって9年後、そのクライマックスを描いたものである。とくに、ギリシャの英雄アキレウスを中心としている。
『オデュッセイア』はトロイ戦争の終結後、ギリシャの英雄のオデュッセウスがギリシアに帰国するまでの物語である。オデュッセウスらは神の怒りにふれたため、スムーズに帰国できなかった。
とくにオデュッセウスは魔女やセイレーンなどの地域を通り抜けて、どうにか帰国する。その道中と帰国後の物語である。
本書を読むと、何が得られる?
古代ギリシャの文化を深く理解できる
『オデュッセイア』や『イリアス』は古代ギリシャの文物の中でも、最古のものの一つである。ソクラテスやプラトン、アリストテレスなどよりも古い。そのため、これらの哲学者が活躍するより前の古代ギリシャの思想や文化の最古層を知ることができる。
本書は最古のものであるため、有名なギリシャ神話にかんしても貴重な情報源の一つになってきた。古い時代のギリシャ神話を知るのに適している。
西洋や他の文学などを理解するための前提知識を得られる
『オデュッセイア』や『イリアス』は古代ギリシャ人だけに親しまれたわけではない。古代ローマを通じて、ヨーロッパではその後も影響力をもった。
たとえば、『オデュッセイア』は古代ローマのウェルギリウスの『アエネイス』、中世のダンテの『神曲』、そして現代のジョイスの『ユリシーズ』などに強い影響を与えたことが知られている。
これらもまた、それぞれの時代を代表する古典である。よって、これらの作品もまた、同時代や後の時代の文学や哲学ないし宗教などに大きな影響を与えている。
したがって、『オデュッセイア』はそれ自体によって、さらにこれらの古典を通して、広範な影響力をもつ。本書を読むことで、様々な作品を理解するための前提知識をえられる。
もちろん、『オデュッセイア』や『イリアス』は和訳されており日本でも長らく親しまれてきた。その影響力は学問に限られるわけではない。
たとえば、ギリシャ神話はただ単に文学というかたちで影響力を与えたわけではない。ギリシャ神話の筋書きやゼウスなどの逸話はマンガなどの様々な作品でもみられる。『オデュッセイア』や『イリアス』はそのような想像力の源泉の一つだといえる。
人間とはなにかを考察するためのヒントをえられる
『オデュッセイア』や『イリアス』は2800年ほど前のギリシャでうまれたにもかかわらず、世界中で読まれてきた。その理由の一つは、本書で描かれる人間模様が他の時代や場所に通用すると考えられてきたからである。
たとえば、『イリアス』の中心人物のアキレウスは戦争の中でしばしば怒りを抱いて行動する。この怒りと戦い、悲しみと赦しといったテーマは、世界のどこにでもみられるものといえる。
これらは戦争が起こる時代と場所に共通するものだ。アキレウスらの心情と行動から、人間のなんたるかをより深く考えるヒントがえられる。
豊かな読書体験をえられる
『オデュッセイア』や『イリアス』によって、様々な感情を体験できる。たとえば『イリアス』は戦争を舞台にしており、神々の介入によって人間が翻弄される。胸が高鳴るようなアクションの場面もあれば、つらいドラマもあり、夫婦の愛の物語もある。思いもよらない悲劇を味わうこともある。
『オデュッセイア』や『イリアス』はなによりも物語として優れているからこそ、世界で広く親しまれてきた。世界文学のなかでも第一級のものとして受け入れられてきた。それは現代の日本でも変わらない。
ヘリオドロスの『エティオピア物語』
どんな作品?
本書は今から1700年ほど前に活躍したエメサのヘリオドロスの主著である。現存する古代ギリシャの小説の中で最も長く、最も読みやすいと評判である。
主人公は不運なエチオピアの王女とギリシャ人の男である。二人が出会い、様々な危機や困難と遭遇し、それらを乗り越えていく物語。古代ギリシャ・ローマの古典古代の地中海世界の雰囲気を堪能できる作品。
本書から、なにが得られる?
古代ギリシャ文学の新たな側面を知ることができる
古代ギリシャ文学といえば、悲劇や叙事詩が有名である。たとえば、上述のホメロスの叙事詩『オデュッセイア』や、エウリピデスやアイスキュロスなどの悲劇作品である。アリストファネスらの喜劇作品も存在したが、知名度はより低い。
それよりも知られていないのが、古代ギリシャの「小説」作品である。古代ギリシャ小説の最たるものが『エティオピア物語』である。
なぜ古代ギリシャ小説はそれほど知られていないのか。主な理由としては、古代ギリシャにおいて、このような小説作品は悲劇や叙事詩とくらべて高く評価されていなかったためである。よって、古代ローマでも、『エティオピア物語』は比較的知られていなかった。
それでも、『エティオピア物語』はビザンツ帝国(東ローマ帝国)において継承され、一定の高い評価をえることができた。
さらに、ルネサンス時代にも一定の評価を得た。たとえば、スペインの代表的な文学者セルバンテス(『ドン・キホーテ』で有名)は本書を優れた作品と評価し、一つの模範とみなした。
ただし、ビザンツやルネサンスの時代でも、古代ギリシャの小説は悲劇や叙事詩と比べれば、重要性が低いと評価されがちだった。そのため、『エティオピア物語』はこれらの時代にも一定の評価と人気を得ていたものの、周縁的な作品とみなされてきた。
近現代では、19世紀後半あたりになって、本書あるいは古代ギリシャ小説はようやく脚光を浴び始めた。20世紀後半には、古代ギリシャ文学の中核的な要素の一つとして再評価されていった。そういった意味で、本書はかなり遅咲きの古典的名作である。
このような事情があるため、日本においても、本書は『オデュッセイア』などと比べると、知名度がかなり低い。『エティオピア物語』を知らなかったという方も多いだろう。
だが、その分、本書を読むことで、古代ギリシャ文学の新たな側面を知ることができる。その理解を深めることができる。古代ギリシャにもこのような作品があったのか、と気づかせてくれる。
本書は悲劇や叙事詩ではなく小説であるものの、それらのジャンルと無関係ではない。むしろ、古代ギリシャ文学の中心的なものと認識されてきたこれらのジャンルからも影響を受けている。
たとえば、本書は『オデュッセイア』の叙事詩やエウリピデスの悲劇の要素も受け継いでいる。その点においても、本書は古代ギリシャ文学の一つとして意義深く、愉しめるものとなっている。
手に汗握るようなドキドキやワクワクを味わえる
本書は1700年ほど前にうみだされたにもかかわらず、現代人向けといえるような作品でもある。本書の岩波文庫版では、本書は「映画」のようだと評されている。
現代人にとって、悲劇や叙事詩よりも小説のほうが馴染み深い。より受け入れやすい。『エティオピア物語』にはそのような利点がある。
さらに、本書は物語の構成が巧みなことでよく知られている。壮大な物語であり、多くの登場人物が登場しながらも、わかりやすい筋書きになっている。手に汗握るような、ワクワクさせてくれるような冒険小説でもある。同時に、ドキドキさせるような恋愛小説でもある。
そのような小説が古代ギリシャ文学にあったことに驚かされる読者も少なくないだろう。現代人にとっても読みやすい内容と構成になっている。
よって、古代ギリシャなどの古典古代の文学にちょっと興味があるけれど、敷居が高そうで手を出しにくい・・・という読者にとって、本書はおすすめである。そういう友人や家族などにプレゼントしてみるのもよいだろう。
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おすすめ参考文献
ヘリオドロス『エティオピア物語』下田 立行訳, 岩波書店, 2024
Richard Hunter(ed.), Studies in Heliodorus, Cambridge Philological Society, 1998