イプセンの『民衆の敵』

 『民衆の敵』はノルウェーの劇作家イプセンの代表作の一つ。1882年に公刊された。ある町の温泉施設の水質汚染問題の告発をめぐる物語。この記事では、あらすじを紹介する(結末までのネタバレあり)。

『民衆の敵』(En folkefiende)のあらすじ

 物語の舞台はノルウェーの港町である。主人公のトマス・ストックマンは医者をしている。この町の出身であり、久しぶりに故郷に戻ってきた。
 トマスのもとを、リベラル系新聞の編集者ホフスタッドらが訪ねる。さらに、トマスの弟で町長のピーターも訪ねてくる。ピーターは伝統を重んじるタイプの政治家である。
 ピーターはトマスと、町の新たな温泉施設について話し合う。これが町に莫大な経済的利益をもたらしてくれると期待されている。二人はこの事業を推進してきた。ピータはこの温泉施設の医務官を担当している。この温泉施設が物語の鍵を握っている。

 トマスにはペトラという娘がいて、教師をつとめている。ある日、ペトラが帰宅し、手紙をトマスに渡す。その手紙は温泉施設の深刻な問題を告発するものだった。温泉施設の近くには皮なめし工房がある。そこからの排水により、温泉施設の水質が人体に有害なほど汚染されている。手紙はそのような調査報告の告発文書だった。
 トマスはこの手紙の内容に困惑する。だが、医者として、温泉施設の被害を食い止めなければならないと決意し、手紙をピーターに送る。温泉施設を修理するとともに、この問題を即座に公表すべきと訴える。
 上述の新聞の編集者がこの問題を知る。トマスの行動が多くの人々を救うとして、彼らはトマスを称賛する。
 だが、ピーターはトマスの提言にたいして返信し、消極的な反応を示すだけだった。
 上述の新聞社のホフスタッドがトマスを訪ねる。彼はその問題を新聞で公表するために、調査結果の内容を掲載したいとトマスに依頼する。トマスはこの依頼を歓迎する。この問題が露見することで、現在の町の行政の腐敗ぶりが町民に理解されるだろう、と。
 そこに、町の名望家アスラクセンがやってくる。彼はトマスの行動を称賛する。町民の大部分が同じようにトマスの行動を支持し、称賛するだろうと言う。トマスはそれを聞いて喜ぶ。
 だが、調査内容の新聞への掲載はピーターと相談した後にする、とトマスは述べる。
 ピーターがそこにやってくる。ピーターはトマスの問題提起に断固として反対の立場を示す。ピーターはまず、トマスが独断で勝手に調査を行ったとして、憤慨する。その調査結果は信頼に値しないと断じる。
 ピーターはさらに、温泉施設の全面改修案が増しの経済を破綻させるという。長い期間をかけて少しずつ改修するほかない。よって、温泉施設の水質の問題を公表すべきではなく、世間には隠しておくべきだ、と。ピーターはトマスに、調査結果を公衆の面前で否定するよう求める。
 トマスはこのような弟の態度を見て、憤慨する。調査結果を否定するどころか、上述の新聞で公表すると反論する。ピーターは激怒して出ていく。トマスの妻はトマスに妥協を促す。さもないと、温泉施設の医務官を解雇されるかもしれないからだ。

 だが、トマスは例のリベラル系新聞に、この問題にかんする記事を執筆し、調査結果をそこに盛り込む。新聞社では、ホフスタッドらがそれを受取り、編集する。町の政治が現在の保守派からリベラル派に移るかもしれないと語り合う。

 そこに、名望家アスラクセンがやってくる。彼はこの新聞社のオーナーでもある。アスラクセンはこの問題が町の体制批判にならないようにと忠告する。だが、ホフスタッターらはこれに反発する。

 そこに、ピーターがやってくる。ピーターはトマスの告発記事がこの新聞に掲載される予定だと知り、やってきたのだ。ピーターはホフスタッドらをこう説得する。
 もし告発記事によって問題が明らかになれば、温泉施設を修理のために長期的に閉鎖する必要がある。町民はその負担で苦しみ、町の経済は破綻する、と。よって、この問題は公表してはならない。アスラクセンとホフスタッドらはこれを聞いて、意気消沈する。
 そこに、トマスと妻がやってくる。トマスは新聞社がピーターの味方になったことに気づく。トマスは憤慨しながら、自分だけでも真実を公表すると宣言する。妻はトマスを支えると決意する。

 トマスはホルスターの協力を得て、そこでこの問題のための集会を開く。町民に直接訴えることを選んだのだ。だが、ピーターとアスラクセンおよびホフスタッドらはこれを妨害しにやってくる。
 ピーターとアスラクセンはすでに、トマスに反対するための説得を民衆に行っていた。彼らもこの集会に押し寄せる。
 集会では、アスラクセンらがトマスの演説を妨害しようと画策する。民衆がこれに同調する。トマスは議事進行を妨害され、激怒する。
 そこで、トマスはこう叫ぶ。現在の政治を担う大部分の人たちは、それを担う資格が本当はないのだ。そもそも現在の人間の大多数にはそのような資格や適性がない。自分で考えることができないのだ。ほんの一部の人間だけが政治の資格と適性をもっている。身分や階級に関係なく、そのような人物だけが政治で実権を握るべきだ、と。
 ピーターとアスラクセンはこれを自分たちへの批判と受け止め、激怒する。トマスのことを「民衆の敵」だと宣言する採択をそこで行い、民衆がそれを支持する。「民衆の敵」だと断じられたトマスはそこから追い出される。

 翌朝、トマス家の邸宅は窓ガラスが割られていた。ペトラは教師の職を解雇され、帰宅する。ジヌからは立ち退きを要求される。ホルスターもまた、職場で処分を受ける。
 そこに、トマスの義理の父がやってくる。彼は温泉施設の株に金を注ぎ込んできた。そのため、トマスに告発をやめるよう依頼する。そうすれば、トマス一家はいずれ遺産によって裕福になる、と。トマスは心が揺れそうになるが、依頼を断る。義理の父は立ち去る。
 アスラクセンとホフスタッドらがやってくる。もし自身の新聞社にカネを払うなら、トマスの名誉を回復するような記事を書くと提案する。トマスはこれを拒否し、彼らを追い出す。

 トマス一家は現在の家を出ていくと決める。ホルスターが家を提供してくれるという。
 そこで、トマスは新たな道を歩む。自分の頭で考え、現在の腐敗した社会を変革してくれるような子どもたちを教育するために、学校を設立する。ペトラはそれを支援する。世間の逆風をものともしない道を切り開こうとする。

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おすすめ参考文献

イプセン『民衆の敵』竹山 道雄訳, 岩波書店,2006

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