ウィリアム・ハーヴェイはイギリスの医学者(1578 ー1657)。人体の血液循環説を実験などによって立証した。主著には、『動物の心臓と血液の運動に関する解剖学的研究』がある。本書により、中世以来の医学的権威だったガレノス理論を覆し、科学革命に貢献した。イギリス王ジェームズ1世とチャールズ1世の侍医をつとめた。
ハーヴェイ(William Harvey)の生涯
ハーヴェイはイギリス南部のケント州のフォークストンで地主の家庭に生まれた。1593年から、ケンブリッジ大学のゴンビル・キース・カレッジで医学を学び、1597年頃に卒業した。
その後、ハーヴェイはイタリアのパドヴァに移った。パドヴァ大学は中世から医学研究の名門であった。とくに、16世紀前半には、近代的な解剖学の父として知られるウェサリウスが先進的な解剖学の講義などを行っていた。
そこで、ハーヴェイは医学の勉強を続けるために、パドヴァ大学に入った。1602年、医学と哲学の学位を得た。その後、ケンブリッジ大学に戻り、そこでも学位をとった。
医者としての活躍
ハーヴェイはロンドンで開業し、医者としてのキャリアをスタートした。同時に、ロイヤル・カレッジ・オブ・フィジシャンの講師になった。
1609年には、聖バルソロミュー病院で働き始めた。1615年には、ロイヤル・カレッジ・オブ・フィジシャンの教授職についた。そこでは、解剖学や外科の講義と実習を担当した。
ハーヴェイの名声は次第に高まっていった。ついに、1618年には、イギリス国王ジェームズ1世の侍医に任命された。1625年にジェームズ1世が没した後は、次期国王のチャールズ1世の侍医をつとめた。
ハーヴェイの代表的な業績:血液循環説
宮廷医師をつとめるかたわら、ハーヴェイは研究にも打ち込んだ。動物の解剖を繰り返すことで、動物の血液循環説を構築するに至った。1628年、『動物における心臓と血液の運動に関する解剖学的研究』をラテン語で公刊し、この理論を提唱した。1648年に英訳された。
伝統的なガレノス理論の対立
それまでの西洋医学では、ガレノスの理論がこの点では支配的だった。ガレノスは古典古代の医学者であり、中世にも医学的権威として広く認知されていた。
ルネサンスに入ると、古典古代の諸学芸がさらに重宝されるようになった。ガレノスの権威は引き続き認められた。
だが、上述のウェサリウスが解剖学の分野で、ガレノス理論の誤りを論証した。そのため、ガレノス理論の権威はその分野で揺らぐことになる。
このような状況で、ハーヴェイは血液の循環説を提唱した。これはガレノス理論と対立していた。
中世のガレノス理論では、体内の栄養から血液が生み出される。血液は心臓や肝臓から動脈や静脈を通って身体の隅々まで運ばれる。そこで血液は使用され、老廃物は汗として体外へ排出されると考えられた。つまり、血液は循環せず、身体の末端から排出される。
ハーヴェイの血液循環説の内容
ハーヴェイは魚や両生類、哺乳類などの心臓を幅広く研究した。これらの心臓をただ観察しただけではなかった。生きた動物や死んだ動物の心臓を摘出し、力を加えたり、解剖したりして、その働きを調べた。その結果、ハーヴェイは心臓の弁のおかげで血液が一方向にしか流れないことを突き止めた。
さらに、ハーヴェイは人間の心臓を30分間に通過する血液量を計算した。それが全身に含まれる血液の量よりも多いことを示した。さらに、血液が身体の末端で消費されておらず、減っていないことを数学的に示した。よって、ガレノスの理論には問題があることを指摘した。
ハーヴェイ自身の理論は次のようなものだった。心室の拍動によって、血液が肺と心臓を流れ、全身に送られる。そこから、血液は静脈を通って末梢から中心へと戻り、心臓に戻って来る。その血液の量は、従来栄養で生み出されたり末端で消費されたりすると想定されてきた量よりもはるかに多い。
したがって、動物の体内の血液は絶え間なく循環しており、心臓の働きとはポンプの作用によってこれを達成することであると結論づけなければならない。このようにして、ハーヴェイは血液循環説を提唱した。
ハーヴェイの血液循環説はすぐに受け入れられたわけではなかった。フランスなどでは批判が起こった。
同時に、デカルトなどはこの理論を擁護した。ハーヴェイ理論がガレノス理論に勝利していく。かくして、ハーヴェイの血液循環説は科学革命の一つの契機となる。
晩年
同じ頃、ハーヴェイは医者のキャリアを順調にのぼっていった。チャールズ1世の上級常勤侍医にまで任じられた。
だが、この時期のイギリスでは政情が不安定になっていった。ついに、いわゆるピューリタン革命が起こった。チャールズ1世はこの革命で処刑された。そのため、ハーヴェイはその職を失い、数年後に没した。
ハーヴェイと縁のある人物や事物
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ハーヴェイの肖像画
ハーヴェイの主な著作・作品
『動物における心臓と血液の運動に関する解剖学的研究』(1628)
『動物の発生について』(1651)
おすすめ参考文献
中村禎里『近代生物学史論集』みすず書房, 2004
Mark Jackson(ed.), The Oxford handbook of the history of medicine, Oxford University Press, 2013
Thomas Wright, William Harvey : a life in circulation, Oxford University Press, 2013
Domenico Ribatti, “William Harvey and the discovery of the circulation of the blood”, J Angiogenes Res, 2009, 1: 3