『サロメ』は近代イギリスの作家オスカー・ワイルドの戯曲である。近代イギリス文学の古典的作品の一つといえる。この記事では、『サロメ』の背景とあらすじ、その特徴を説明する(結末までのネタバレあり)。
背景
この作品は聖書に題材をえている。新約聖書の『マタイ伝 』の中で、ユダヤ王ヘロデの孫娘として、サロメという娘が登場する。サロメはヘロデのもとで行われた舞踏会で最も優れた踊りを披露した。
ヘロデはサロメに何でも望むものを褒美として与えると約束する。その頃、キリストに洗礼を施していたヨハネがヘロデ王のもとに囚われていた。サロメはヨハネの首がほしいとヘロデ王に求めた。
ヘロデ王はしぶしぶこの願いを聞き入れた。ヨハネの首が斬られ、サロメに与えられた。この物語は中世以降も有名なエピソードとしてキリスト教芸術の題材として普及していった。
あらすじ
ある夜、ヘロデ王とヘロディアス王妃は宴会を催していた。その最中、 サロメはこっそりとテラスに抜け出す。その場にいた兵士たちはサロメの美しさに見惚れる。
突然、牢屋から謎の大きな声が聞こえてくる。兵士たちはその声がヨカナーン(洗礼者ヨハネ)の声だという。ヨカナーンはキリストの到来について大きな声で叫んでいる。ヨカナーンは預言者であると噂される。ヨカナーンはサロメの母のヘロディアス王妃を非難したために、投獄されていた。
サロメが宴会を抜けて、兵士たちのもとにやってくる。宴会に飽き飽きしているのだ。ヨカナーンの叫ぶ声に興味を抱く。ヨカナーンに会えるよう兵士たちに求める。最初は拒否されたが、サロメは無理を押し通す。ヨカナーンが牢獄からでてきて、やってくる。
サロメはヨカナーンを見て、恋に落ちる。ヨカナーンはサロメの母を不義の女として罵倒する。サロメに見られているのに気づき、話す。サロメがヘロディアスの娘だと答えると、ヨカナーンはサロメをバビロンの娘などとして罵倒する。サロメはそれでもヨカナーンと話を続けようとする。
サロメはヨカナーンの身体や髪を美しいと言い、触れようとする。ヨカナーンは抵抗する。さらに、ヨカナーンの口に接吻しようとする。これを止めようとして、兵士が自殺する。
サロメはヨカナーンを誘惑しようと試みるが、失敗する。サロメはそれでもヨカナーンとの口づけをあきらめなかった。ヨカナーンはサロメを淫乱な娘だと罵る。肉欲を捨て、神を求めるよう訴える。そして牢屋に戻っていった。
ヘロデ王はサロメを探してテラスにやってきた。今夜の赤い月をみて、不吉さに気づく。ヘロデ王はサロメを呼び求める。ヘロディアス王妃はヘロデ王がサロメばかりに見とれていることに不満をいう。ヨカナーンがヘロディアス王妃を非難する声が聞こえてくる。
ヘロディアスはヨカナーンを黙らせるよう、ヘロデに求める。ヘロデはヨカナーンが預言者であり、神を見た聖なる人物だという。ヘロデはヨカナーンを畏怖している。ヘロディアスはその答えを嘲笑う。ヨカナーンはサロメが盾で押しつぶされて死ぬと叫ぶ。ヘロディアスはこれを聞いて怒る。
ヘロデはサロメに夢中だった。サロメに踊ってくれるよう求める。ヘロデは何でも褒美をやるから、踊ってくれと頼む。王国の半分でも与えてやろう、と。ヘロディアスはsロメに踊らないよう静止する。
だが、サロメは7つのヴェールの踊りを披露する。
サロメは褒美として、ヨカナーンの首を求めた。ヘロディアスがまさに望んでいたものである。ヘロデはサロメに、もっと分別を持ち、常識的な褒美を望むよう諭す。エメラルドや白い孔雀などを与えようとサロメにいう。だが、サロメは拒否する。ヘロデはヨカナーンが聖人かもしれないので、彼を殺せば、その災いが生じるかもしれないと訴える。だが、サロメは態度を変えない。
ヘロデはサロメの要求に屈服した。しばらくして、牢屋から、ヨカナーンの首が銀の盾の上に載せられて、運ばれてくる。
サロメは死んだヨカナーンの顔に向かって、こう愛を叫ぶ。あなたの頭は私のものだ。私はそれを私のしたいようにすることができる。私はそれを犬や空の鳥に投げることができる。
ヨカナーン、あなたは私が愛した唯一の人だった。他のすべての男性は私にとって憎むべきものだ。しかし、あなたは、あなたは美しかった! あなたの体は銀の台座に置かれた象牙の柱だった。この世にあなたの体ほど白いものはなかった。この世にあなたの髪ほど黒いものはなかった。全世界であなたの口ほど赤いものはなかった。
あなたの声は独特な香りをまき散らす香炉のようで、私があなたを見ると独特な音楽が聞こえた。ああ!なぜ私を見なかったのか、ヨカナーン?あなたはあなたの神を見た、ヨカナーン、しかし私、私をあなたは見たことがなかった。もしあなたが私を見ていたら、あなたは私を愛したであろう。
私は、私はあなたを見た、ヨカナーン、そしてあなたを愛した。ああ、どれほどあなたを愛していたことか!私は今でもあなたを愛している、ヨカナーン、私はあなただけを愛している…私はあなたの美しさに渇いている、私はあなたの体に飢えている。ワインも果物も私の欲望を鎮めることはできない。これからどうしたらいいんだ、ヨカナーン?洪水も大水も私の情熱を鎮めることはできない。
私は王女だったのに、あなたは私を軽蔑した。私は処女だったのに、あなたは私の処女を奪った。私は貞淑だったのに、あなたは私の血管を火で満たした…。ああ!ああ!なぜ私を見なかったんだ、ヨカナーン?もしあなたが私を見ていたら、あなたは私を愛しただろう。
そう言って、サロメはヨカナーンにキスをする。
ヘロデはサロメが恐ろしくなった。ヘロデは何が起こっているのかを見たくないと思い、松明を消させる。それどころか、月や星を隠せとも兵士に命じる。ヘロデは兵士に、サロメを殺すよう命じる。兵士たちが盾でサロメを押しつぶして殺す。
特徴と意義
ワイルドが題材としたのはこの物語だった。大筋はだいたい同じである。特徴的なのは、サロメがヨハネに恋をしているという設定である。そのため、サロメはヨハネに言い寄った。最後はその首をもって狂気的に踊り続ける。神聖なる者の首に狂ったように恋をする王女。
サロメは自らの望みを果たすために、策謀をめぐらす。サロメがこのような策略家として描かれたところもワイルドの特徴である。
本作はこの時代のイギリスのジェンダーやセクシュアリティのあり方をよく反映した作品として知られる。ワイルド自身がダグラスとの同性愛の関係で知られたこともあり、本作は20世紀後半になってジェンダーやクイア・スタディーズなどの勃興とともに重要視されるようになった。
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この作品はビアズリーによる挿絵も有名である。この挿絵やビアズリーとの関係、ワイルドの生涯については、次の記事を参照。
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