オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』

 『ドリアン・グレイの肖像』は近代イギリスの小説家オスカー・ワイルドが1891年公刊した小説である。近代イギリス文学の古典的作品の一つとして知られる。本作はワイルドの唯一の長編小説である。その序文が特に有名である。

 そこでは、「道徳的な本も不道徳な本もない。本はうまく書かれているか、悪く書かれているか、それだけだ」とワイルドは宣言している。物議を醸したこの作品のあらすじを紹介し、その次に評価をみてみよう(結末までのネタバレあり)。

『ドリアン・グレイの肖像』(The Picture of Dorian Gray)のあらすじ

 主人公は美青年のドリアン・グレイである。18歳の時、グレイは画家バジル・ホールワードに肖像画を描いてもらった。素晴らしい出来栄えだった。グレイは思わず、肖像画となった自分の美しさに惚れ惚れとしてしまう。

 そこで、グレイはこう考えた。普通ならば、月日が経つとともに、生身の人間である自分は老いて醜くなるが、肖像画は美しいままである。だが、この関係を逆転させたい。すなわち、生身の自分は美しさを維持するのにたいし、肖像画を老いて醜くさせたい、と。
 グレイはホールワード以外に、ヘンリー・ウォートン卿と交流をもっていた。ホールワードとウォートンは互いに友人であるが、どちらもグレイの愛を得ようとした。ホールワードは道徳的な人物であり、グレイには道徳的に正しく生きるよう提案する。

 これにたいし、ウォートン卿は魅力的だが享楽者である。グレイに対して、利己的に享楽を求めて生きるよう勧める。「誘惑から逃れる唯一の方法は、誘惑に屈することだ」。他人のために時間を浪費せず、新しいものを追い求めよ、と。
 グレイはエデンの園のイブがヘビに唆されるごとく、ウォートン卿の影響を受けるようになった。かくして、享楽的で利己的で、残酷な放蕩生活を送る。グレイの道徳的な劣化によって、グレイの容貌が悪化する、ということはなかった。

 そのかわりに、グレイ自身ではなくグレイの上述の肖像画が醜悪になっていった。グレイが道徳的に堕落すればするほど、肖像画のグレイはますます醜悪になっていった。そのため、グレイはこの肖像画をついに屋根裏部屋に隠した。自身の堕落を隠したのである。
 20年の月日が過ぎた。グレイは数々の放蕩を繰り返してきた。だが、彼自身の容貌は18歳の頃と変わらず美しかった。しかし、彼の肖像画はあまりにも醜悪なものとなっていった。

 ホールワードはその肖像画がいまやそのようになってしまっていることを発見した。ドリアンはそのため、ホールワードを殺し、友人に死体を遺棄させた。グレイは自分がここまで変わってしまったことに恐怖を感じた。

 また、眼の前の肖像画の変わりようにも嫌気が差した。そこで、肖像画の自分の心臓を突き刺した。その結果、グレイ自身が死んだ。反対に、グレイの肖像画は20年前のきれいな状態に戻った。グレイの死体が発見された時、その身体は醜悪なものになっていた。彼の手にはめていた指輪によってようやく本人だと確認できたほどだった。

 評価や意義

 この作品はすぐに非道徳的だと批判をうけた。他方で、これはむしろ道徳的な物語だという評価もでた。ワイルド自身はそもそも、この作品の道徳的性質ではなく芸術的価値に着目するよう勧めた。

 ワイルドによれば、上記の三人の登場人物は彼自身と結びついている。画家ホールワードは「私が思っている私」である。ウォートン卿は「世間が思っている私」である。ドリアンは「他の時代に、おそらく私がなりたかった私」である、と。この三人に美と人生と道徳が割り当てられているとも評されている。
 この作品は19世紀末のイギリスの美学運動と関連付けて解釈されることが多い。これは古典的な快楽主義の伝統に基づいたものである。自身の人生における幸福と美を最重要視し、それらを強めるような行動を推奨する。その最も理想的な手段は人生で芸術を模倣することである。

 そのような人生は美しい。だが、それだけであり、それ以上でも以下でもない。道徳や社会との関係は考慮されない。ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』はこのような耽美的な芸術主義の代表作としてしばしば理解されてきた。本書の序文や、ワイルド自身がこの運動に関わってきたこと、さらにドリアンの行動が根拠となってきた。
 他方で、そのような解釈には批判もみられる。その根拠として、たとえば、ドリアンはウォートンの勧めに応じて耽美主義的に行動した結果、あのような不幸で惨めな結末を迎えたことが挙げられる。

 本書を道徳的な著作だと理解するような人もいたのも、このような結論が一因である。耽美主義的な芸術主義をワイルドが全面的に肯定したなら、その実践者のドリアンは別の幸福な結末を迎えていただろう、と。
 とはいえ、本書が当時のイギリスの芸術主義を背景にして、その文脈のもとで制作されたのは確かである。そこにも、本書の文学史上の意義や面白さが見出される。耽美主義や芸術主義の代表者とされてきたワイルドの複雑な様相がみてとれる。
 本作をどう評価すべきかは、実際に読んで確かめたいところだ。

関連の記事

 ワイルドの生涯と作品については、「オスカー・ワイルド」の記事を参照。

 ワイルドの「サロメ」については、「サロメ」の記事を参照 

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 おすすめ参考文献

 和訳は主に二種類ある。定番の新潮文庫か、新しい岩波文庫か。新潮文庫の版は1962年に公刊された。ながらく愛読されてきたものだ。光文社の版は2006年に公刊されたものである。光文社の古典シリーズの一冊だ。

 新潮文庫版

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 岩波文庫版

 これだけの名作であるので、もちろん、映画化もされている。映画ファンならば、オスカー・ワイルドの作品がいかに映画となったかを見ておきたいところだろう。

『ドリアン・グレイの肖像』の映画

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