ショーペンハウアー:ペシミストのまなざし

 アルトゥール・ショーペンハウアーはドイツの哲学者(1788ー1860)。意思を重視した観念論者として知られ、ニーチェなどに大きな影響を与えた。主著には『意志と表象としての世界』がある。ペシミズムや厭世主義として知られるその思想についても説目する。名言も紹介する。

ショーペンハウアー(Arthur Schopenhauer)の生涯

 ショーペンハウアーは現ポーランドのダンツィヒ(当時はプロイセン)で、裕福な銀行家の家庭に生まれた。幼い頃から、イギリスやスイス、ベルギー、フランス、オーストリアなどを旅行した。フランスには2年間住んだ。1805年、父が急死した。

 父はショーペンハウアーに同じ職業につくのを望んでいたため、ショーペンハウアーは当初は商人の道を歩んだ。だが、父の死後、大学に入るために勉強を開始した。ちなみに、母ヨハンナはワイマールに移ってサロンを開き、ゲーテと知り合い、作家として成功することになる。

 学問の道へ

 1809年、ゲッティンゲン大学で医学や哲学を学んだ。1811年からはベルリン大学で学び、哲学者フィヒテの講義も聴講した。ショーペンハウアーは大学で学んでいた頃に、プラトンやカントの思想に影響を受けた。1813年には、イエナ大学で博士号をとった。

 1814年、ショーペンハウアーはワイマールで母のサロンに顔を出した。そこで、ゲーテや、ヘルダーの弟子とも交流を持った。その際に、東洋学者フリードリッヒ・マイヤーからインド思想を知った。ウパニシャッドなどを読み、深く影響を受けるようになった。

 哲学者としての成熟

 ショーペンハウアーは30代初めという比較的い若い頃に、主著『意志と表象としての世界』(1819)を公刊した。だが、本書は彼自身が望むような高い評価を得られなかった。

 それでも、本書をきっかけに、1820年、彼はベルリン大学で講師の職についた。だが、ここでもショーペンハウアーは不満を抱くことになる。当時、ベルリン大学では、哲学者ヘーゲルが哲学教授として絶大な人気を誇っていた。ショーペンハウアーはヘーゲルと同じ時間帯に講義を行った。それゆえ、ショーペンハウアーの講義は出席者がほとんどなかった。1822年、ショーペンハウアーは講師を辞した。 

 その後、ショーペンハウアーはどこの大学にもつとめることなく、在野で研究を行う。当時、ショーペンハウアーは父の潤沢な財産を相続していたので、生活の心配がなかった。住所を転々とした後、1833年からはフランクフルトに定住した。読書と著述そして音楽を愉しむ日々だった。

 1836年には、彼は代表作の一つ『自然における意志について』を公刊した。だが、望むような評価をえられなかった。それでも、1839年に「人間の意志の自由について」 をノルウェー王立科学アカデミーのコンクールに投稿し、一等賞を得た。

 思想:ペシミズムと厭世思想

 主著のタイトルは『意志と表象としての世界』である。ショーペンハウアーにおいて、この世界は意志であり、同時に表象である。どういうことか。
 人間は世界の一部である。その人間の性質を理解するために、ヘーゲルなどは自己意識に着目し、これを分析した。その上で、この世界を自己意識の発展として理解しようとした。

 同様に、ショーペンハウアーにとっても、意志が自己と世界の理解の主軸となった。私の主観的立場からすれば私自身は意志であるように、この世界は意志である。これを外からみれば、表象である。世界は内側からみれば意志であり、外側からみれば表象である。カントの理論に沿わせるなら、現象の世界が表象としての世界であり、物自体が意志としての世界に対応する。

ショーペンハウアーの特徴

 ショーペンハウアーがこの点で新しいのは、その意志の内実である。この意志は人類の救済のような特定の目的を持つものではない。反対に、盲目的であり、特定の方向性を持たない衝動である。この意志の内実から、彼のペシミズムが帰結する。
 この世界それ自体が意志である。その意志にはなんの目的も理由もない。それゆえ、この世界それ自体はなんの意味も目標も理想も持っていない。しかし、意志は飽くなき盲目的な衝動である。

 意味を帯びていない世界で、自ら常に何かを目標として設定しては追い求め続ける。達成したところで、その目標は意志自体のいわば本質的な目標ではないので、次を求め続ける。このような生存の仕方は苦しい。そのため、人間の根源的なあり方とは苦悩である。
 ショーペンハウアーはこの世界があらゆる可能性の中でも最悪のものだという。厭世的でペシミスティックである。ショーペンハウアーは実存的な苦悩を強調することで、近代的なペシミズムの基礎を築いた。 苦しみに意味を与えようとし、その結果、悪を正当化することにもなった。

解決策とは:芸術や倫理あるいは意志の否定

 では、人間はこの苦悩からどのようにして開放されるのか。ショーペンハウアーは3つの選択肢を挙げる。
 第一に、芸術である。人間の苦悩は、もともと単一だった意志(=世界)が分裂し、個々が互いに争うようになることで生じるようになった。この分裂する前の状態に至るのに芸術が役立つ。たとえば、音楽は個々に分割されたものを普遍的なものへと至らせ、主体と客体の区別を忘れさせ、一つにする。しかし、芸術の効果は永遠に続くものではなく、一時的でしかない。
 第二に、倫理である。ショーペンハウアーは厭世的であったからといって、いわば自暴自棄ではなく、道徳や倫理が無意味だとは言わなかった。むしろ、その反対である。ショーペンハウアーにとって重要な苦悩は、上述のような人間の根源的な苦悩を意味するだけでなく、より一般的な苦悩や苦しみも含んだ。

 人間がこの世界で生きていく上で生じる苦悩は、たとえば、自己の肉体的な欲求に生じる。そのため、ショーペンハウアーもまたその節制を重要だとみなした。また、エゴイズムを慎み、他者への暴力を避け、むしろ支援の手を差し伸べることも、この世界の苦悩を軽減する方法とみなされた。あるいは人間全体への普遍的な道徳によって自他の境界を失うこともまた苦悩から解放される方法だった。
 第三の方法は、禁欲主義的なものである。人間の苦悩は飽くなき盲目的な意志や欲求にあるのなら、それを放棄すればよい。意志の否定や自己放棄あるいは世界の放棄、ないし諦念である。これは同時に、静寂や安寧である。欲求不満にる苦しみは欲望を最小限に抑えることで軽減する。

 ここに、解脱して悟りに至るというインド思想の影響がみてとれる。同時に、ショーペンハウアーはキリスト教の清貧や節制をこれに関連付けてもいる。キリストやアッシジの聖フランシスコのような生き方を具体例として想定してもいる。そのため、この意志の否定や諦念といったものも倫理的な色合いを全く欠いたものではなかった。

ショーペンハウアーの影響

 1860年代から、ショーペンハウアーは哲学者として望んでいたような名声を得られるようになり始めた。彼の著作は哲学者ニーチェと音楽家ワーグナーに影響を与えた。さらに、実存主義やフロイトの心理学にも影響を与える。かくして、ショーペンハウアーは哲学史に一席を占めることになる。

名言:幸福や結婚などについて
  • すべての幸福は、肯定的というより否定的な性質のものであり、そのため永続的な満足感や満足感を与えることはできず、むしろ苦痛や欠乏からの解放しか与えず、その後には必ず新たな苦痛、または倦怠感、空虚な憧れ、退屈が続く
  • 結婚は権利を半分にし、義務を倍にすることを意味する
  • 動物には権利がないという思い込みと、動物に対する我々の扱いに道徳的意味はないという幻想は、西洋の粗野さと野蛮さのまったくとんでもない例である。普遍的な思いやりこそが道徳の唯一の保証である
  • 物事の価値を教えてくれるものは、ほとんどの場合、喪失である
  • 芸術作品を王子様のように扱いなさい。まずは作品があなたに語りかけるようにしなさい
  • 人生は本質的に苦しみであり、この苦しみは渇望、特に存在への渇望から生じ、この苦しみからの解放は盲目的な渇望自体からの解放からのみ得られる。仏教の理想は涅槃の状態であり、そこではすべての欲望、意志、渇望が静まる。そこには、個性も含まれる
  • 世界はまさに地獄であり、その中で人間は一方では苦しむ魂であり、他方では悪魔である
  • 最も幸せな運命とは、最も激しい喜びや最大の楽しみを経験することではなく、肉体的にも精神的にも大きな痛みを伴わずに人生を終えることである
  • 人類の力の大部分は、少数の人々の手の届くところに余分で不必要なものをもたらすために、必要なものを生産することから奪われているのだ
  • すべての真理は3つの段階を経る。第一に、嘲笑され、第二に、激しく反対され、第三に、自明のものとして受け入れられる

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ショーペンハウアーの肖像

ショーペンハウアー 利用条件はウェブサイトで確認

ショーペンハウアーの主な著作・作品

『意志と表象としての世界』 (1819)
『自然における意志について』 (1836)

おすすめ参考文献

高橋陽一郎『藝術としての哲学 : ショーペンハウアー哲学における矛盾の意味』晃洋書房, 2016

梅田孝太『ショーペンハウアー : 欲望にまみれた世界を生き抜く 』講談社, 2022

Robert L. Wicks(ed.), The Oxford handbook of Schopenhauer, Oxford University Press, 2020

Warren Breckman(ed.), The Cambridge history of modern European thought, Cambridge University Press, 2021

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